今回注目するのはマレーシアです。
東南アジアの島嶼部ですか。
インドネシアに似ていますね。
マレーシアはインドネシアと違い早期から重工業やデジタル産業の育成に成功しています。
どういう背景があるんですか?
ルック・イースト政策です。
これによって一人当たりGDPも高いレベルを達成しています。
しかし・・
しかし?
人件費の増大は、競争力低下と表裏一体でもあります。
概要
マレーシアはマレー半島とボルネオ島の一部を領域とする国です。人口は約3260万人で増加傾向です。マレーシアでは2050年ごろまで人口ボーナス期が続くと予想されます。
マレーシアは東南アジアでは早くから工業化が進んだ国です。そして電気・電子製品が最大の輸出品目となっています。
一人当たりGDPは11200ドルであり、上位中所得国に該当します。そのため人件費の上昇のため、産業構造の変革(高付加価値化、知財重視など)を迫られています。
こうした背景から、国策としてIT産業の育成、IT人材の養成に注力しています。その代表的存在が首都クアラルンプール近郊のマルチメディア・スーパーコリドーです。
マレーシアは海運の要衝であるマラッカ海峡に面しています。そのため、マレーシアは国際的なハブ港湾の整備にも注力しています。
とくにタンジュンペラパス港の成長には著しいものがあり、やがてはシンガポール港を脅かす存在になる可能性を秘めています。
しかしマラッカ海峡の膨大な通行量は、南シナ海の安定が大前提です。もし 南シナ海の地政学的リスクが高まった場合は、代替航路へのシフトにより大打撃を受ける可能性があります。
マレーシアの国教はイスラム教です。国民の多数派はマレー系でイスラム教を信仰しています。しかし約25%を占める中国系との民族対立は常に問題となっています。
マレーシアは高い教育水準を誇り、タイやインドネシアとの比較では人材のレベルも高いです。しかし技術者や中間管理職の人材は不足しており人件費は高騰しがちです。
肉体労働は好まない国民性のため、単純労働・肉体労働では外国人労働者に多くを依存しています。
基本情報をもとにした大まかな分析は、
マレーシア② 分析編をどうぞ。
マレーシアの基本情報
マレーシアという国の基本的な情報を確認しましょう。
項目 | データ | 備考 |
人口 | 約3260万人 | 2019年時点 |
首都 | クアラルンプール | |
名目GDP | 3650億ドル | 2019年時点 |
GDP成長率 | 5.2% | 2015-2019年の平均 |
主要産業 | 製造業、 農林業、 鉱業、 | 電気・電子機器 パーム油 石油、天然ガス・錫 |
主要民族 | マレー系 | |
主要言語 | マレー語 | |
主要宗教 | イスラム教 | |
通貨 | リンギット | |
地理 | 島嶼部 | |
国民性 | 肉体労働を好まない。 |
2050年までは人口ボーナス期が続く
マレーシアの人口は2019年時点で約3260万人で、人口ピラミッドは釣り鐘型から壺型に変化しつつあります。
それでも人口ボーナス期はインドネシアよりも少し長く続き、2050年までは人口ボーナス期が続くと予想されます。
(表に戻る)
中所得国の罠
マレーシアは1957年の独立以来、ルック・イースト政策によって経済成長を続けています。
しかし、
しかし、何ですか?
早く教えてください。
中所得国の罠に陥らないか危惧されています。
中所得国の罠?
人件費の上昇で、 低コストを売りにした工業製品の輸出だけでは成長できなくなることです。
マレーシア経済は、初代首相マハティールによるルック・イースト政策の成果で高度経済成長を実現しました。
21世紀に入ってからも高い経済成長率を維持しており、 2015-2019年の平均で5.2%/年の経済成長率を維持しています。
一人当たりのGDPは11200ドルであり上位中所得国に該当します。金融・物流の一大拠点であるシンガポールや、原油・天然ガスが豊富なブルネイについで東南アジア3番目に高いレベルにあります(サクッとわかるビジネス教養 東南アジア)。
金融センターであるシンガポールや産油国であるブルネイの所得の高さは例外的なので、マレーシアこそが東南アジアでもっとも工業化が進んだ国と考えられます。
しかし一人当たりGDPが高いということは、人件費が上昇しているということでもあり、いわゆる中所得国の罠に陥る可能性があります。
つまり、低コストを売りにした工業製品の輸出だけで成長するのは難しい局面を迎えています。
実際にマレーシアの経済成長を支えてきた、工業製品の製造においても中国やベトナムへの生産拠点の移動がすでに生じています。
しかしマレーシアは今後も一定レベルの経済成長を続けると予想されています。例えば プライスウォーターハウスクーパースはマレーシアのGDPランクは2050年に3つ上昇して24位になると予想しています。
マレーシアも2021年は新型コロナウィルス感染症に苦しんでいます。
2020年は新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)感染症の流行もあり、マレーシアの実質GDP成長率はマイナス5.6%と大幅に落ち込みました。
さらに2021年になって 新型コロナウィルス(SARS-CoV-2) 感染者の急増で大きな被害を受けています。半導体の製造・輸出にも深刻な影響が出ており、短期的には経済的な見通しが難しくなっています。
(表に戻る)
主要産業
マレーシアの産業って何ですか?
製造業が盛んで、電気・電子製品の輸出を重視しています。
そのほかはパーム油、天然ゴム、石油、天然ガスなどを輸出しています。
インドネシアと似た構成ですね。
マレーシアの主要産業は、製造業(電気・電子製品)、農林業(パーム油、天然ゴム、木材)、鉱業(錫、石油、天然ガス)などです(#2)。
製造業の主力は電気・電子製品
マレーシアは1957年の独立後から一貫してルック・イースト政策を推し進めてきました。つまり日本の経済成長を参考に重工業やデジタル産業を育成しています。
そのため輸出品目の1位は電気・電子製品が占めています 。とくに半導体はマレーシアにとって重要な輸出品となっています。
しかし人件費の上昇に伴って、 電気・電子製品輸出の輸出額に占める割合は低下しています。
2021年には新型コロナウィルス感染症拡大で半導体生産力が低下しています。マレーシアにとっては経済的な打撃になる可能性があります。
また、これによって世界的には半導体不足がさらに加速することが懸念されています。
パーム油とその関連製品
マレーシアはインドネシアと並んでパーム油の産地で、この2国で世界全体の8割以上を生産しています。
パーム油は日本でも大量に消費され、マーガリン、スナック菓子、インスタント麺、洗剤、石鹸などの原料として使用されています。
天然ゴム
インドネシアの解説でも紹介しましたが、天然ゴムは、合成ゴムが発達した現代でもゴム消費量の45%程度を占めています(#3)。1995年以降は世界的なゴム需要は増大傾向が続いています(#3)。
今後も世界的なモータリゼーションの広がりからも天然ゴムの需要は高いレベルが維持されると思います。
石油・天然ガス
マレーシアの石油・天然ガスの埋蔵量や、世界でのシェアは決して大きくありません。
しかし、マレーシアにおける輸出のシェアでいえば、石油製品や天然ガスが1割以上を占める重要な産品となります。
(表に戻る)
主要言語
マレーシアの主要言語はマレー語です。マレー語はマレーシア、シンガポール、ブルネイさらにインドネシアの一部で使用されています。
これらの国ではマレー語を用いたビジネスが展開しやすいという利点があります。
(表に戻る)
宗教と民族
マレーシアの国教はイスラム教です。そして人口的に多数派であるマレー系(約65%)のほとんどはイスラム教を信仰しています。
しかしマレーシアには中国系(約25%)やインド系(約10%)の人々が住んでいる影響で仏教徒、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒も共存しています。
宗教間・民族間の対立
残念ながら、マレーシアでは宗教の違いと民族の違いによる対立があります。
古くは1969に、マレー系と華人系の大規模な民族衝突が発生。2010年にもイスラム教徒の一部が、カトリック教会(華僑の信者が多い)を襲撃しています。2015年にもマレー系住民による民族デモが発生しています。
ブミプトラ政策でマレー系優遇
対立の原因の一つが経済格差であったために、マレー系及び先住民を経済的に優遇する国策が施行され「ブミプトラ政策」といいます。
「ブミプトラ政策」 の範囲は、教育、就職、住居、銀行融資、会社経営など幅広いものです。
(表に戻る)
通貨
マレーシアの通貨はリンギットです。リンギットは1997年のアジア通貨危機の影響で固定相場制となっていましたが、2005年に管理変動相場制に移行しました。
下のチャートは2008年以降のものになります。中央銀行がある程度の変動幅の範囲で相場を管理しているため、相場は比較的安定しています。
(表に戻る)
地理
次にマレーシアの地理的要因を見てみましょう
取り上げるキーワードはマラッカ海峡、 タンジュンペラパス港、マルチメディアスーパーコリドーです。
マラッカ海峡
マラッカ海峡は、水運の要衝です。
年間7万隻前後の商船が通過します。
うーん・・・ピンときません。
だいたい5分に1回、商船が通過すると思ってください。
マラッカ海峡はマレー半島とスマトラ島を隔てる海峡で、世界有数のチョークポイント(≒水運の要衝)の一つです(#7)。
マラッカ海峡を通過する商船は年間で6万~8万隻にものぼり、およそ5分に1隻が通過する計算になります。これは通行量で世界第二位に相当します。(#4)
シンガポール港が世界2位の貨物取扱量を誇る国際ハブ港湾であるのもマラッカ海峡があってこそです。マレーシアも地の利を生かして港湾の整備を進めています。
マレーシアにとってもマラッカ海峡は極めて重要です。
そんなマラッカ海峡にはいくつか懸念材料があります。
このように世界の海上貿易ネットワークにおいてきわめて重要なマラッカ海峡ですが、いくつか問題を抱えています。主な3つは以下の通りです。
- マラッカマックス
- 海賊
- 南シナ海の領有権問題
マラッカマックス
マラッカマックスって聞いたことあります?
ベイマックスなら知ってますけど?
全然違います。
これは商船のサイズ制限の話です。
マラッカ海峡は水深が比較的浅いため、載貨重量が30万トン以上の大型船の通行は禁止されています。このサイズ制限を「マラッカマックス」と言います。
他にも有名なサイズ制限はスエズ運河の「スエズマックス」、パナマ運河の「パナマックス」などがあります。
マラッカマックスより大きな船はインドネシアのスンダ海峡、ロンボク海峡、マカッサル海峡などを通過することになります。
今後、商船の大型化がますます進行すればマラッカ海峡を通過しない商船が増えるかもしれません。そのときはマレーシアの地位が相対的に低下するでしょう。
もっともスエズマックス(載貨重量約16万トン )のほうが条件が厳しいため、今後もマラッカ海峡を通過する商船は簡単に減ることはありません。
ただし、スエズマックスはスエズ運河の拡張・浚渫で拡大する可能性があることに注意が必要です。
(表に戻る)
海賊
マラッカ海峡における海賊行為は、2000年代には猛威を振るっていました。2010年代に入り東南アジアでの海賊行為は減少傾向を示していますが、依然として無視できない脅威です。
マラッカ海峡が以前よりも比較的安全に航行できるようになったとはいえ、それはバブ=エル・マンデブ海峡やソマリア沿岸と比較すれば安全という話に過ぎません。
海賊行為の中心地はマラッカ海峡からシンガポール海峡や南シナ海に移行しているとの分析もあります。しかし、海賊行為が東アジア方面への海上輸送にとって脅威であることは何ら変わりありません。
海賊行為が激しければ、その分だけ代替航路の比重が高まります。マラッカ海峡から代替航路へのシフトが進んだ場合、マレーシアの地位が相対的に低下する恐れはあります。
(表に戻る)
南シナ海の領有権問題
マラッカ海峡を通過する船舶が多いのは、南シナ海を安全に航行できるからこそです。
南シナ海に地政学的リスクが生じた場合には、代替航路として、フィリピン東方沖からマカッサル海峡とロンボク海峡を経由してインド洋に至る航路が重要になると予想されています。
もし南シナ海の地政学的リスクが現実になった場合、シンガポールやマレーシアの港湾はその役割の多くを失うことになります。
(表に戻る)
タンジュンペラパス港
東南アジアにおける最重要の港湾はシンガポールであり、現在もその地位は揺るぎません。しかしマレーシアもマラッカ海峡に面する地の利を生かして、港湾の整備を進めています。
例えば首都クアラルンプールの貿易港であるクラン港も年々成長を続けています(#4)。その中でも特に注目すべきは、タンジュンペラパス港です。
タンジュンペラパス港は、シンガポール港・トゥアス地区の対岸にあります。 タンジュンペラパス港は、 シンガポールへの海運依存から脱却するためにマレーシアの国策事業として整備されました。
タンジュンペラパス港は十分な用地を安価に確保できます。この点で、 タンジュンペラパス港は国土の狭いシンガポールより有利です。
そのため、2000年の供用開始以来、東南アジアにおける主要積み替え港として急激に成長を遂げています(#5)。
まだ世界第二位の年間コンテナ取扱量を誇るシンガポール港にはまだまだ及びませんが、いずれその地位を脅かす存在になると予想されます。
マルチメディア・スーパーコリドー
マルチメディア・スーパーコリドーはクアラルンプール近郊にある総合開発地域です。
マレーシアは「第7次マレーシア計画」(1996 年~2000 年)では、情報通信産業の育成や研究開発の促進、民間部門の競争力強化が目標に掲げました。こうした方針で整備されたのがマルチメディア・スーパーコリドーです。
この戦略では、ただ単に工場・企業を誘致するだけではなく、知識型社会構築のための人材の育成も目標に含まれています。そのためマルチメディア大学などの質の良い教育機関・研究機関も整備されています。
こうした政策は、「労働投入や資本蓄積による成長」から「技術革新や知識基盤を利用した成長」への転換の試みです。
つまりマレーシアが中所得国の罠を回避するための戦略の一部だと言えるでしょう。
(表に戻る)
国民性 教育水準は高いが肉体労働は好まない
マレーシアの人々は、肉体労働を好まないそうです。
じゃあ肉体労働は誰がしているんですか?
外国人労働者です。
マレーシアは暑い国なので、マレーシア人は空調の効いた職場を好みます(#1)。つまりマレーシアの人々は、工場労働者などは好まず、いわゆる3Kも敬遠します。
そのため単純労働に関しては外国人労働者に依存しています。そして外国人労働者の賃金は低いレベルに抑えられています。
マレーシアの教育水準は高く、一般的にタイやインドネシアより人材のレベルは優秀だとされています。しかし絶対数は不足しています。そのため一方でマレーシアの技術者や中間管理職は、人材の争奪戦となっており、タイなど近隣諸国にくらべて人件費が高い傾向があります(#6)。
とくに大卒レベルの人材では中国系に優れた人材が多いそうです。これはブミプトラ政策の関係で、大変な努力をして国内大学に進学するか、外国の大学に進学する必要があることが関係しています(#6)。
続きはマレーシア②へ
最後までお疲れさまでした。
基本情報をもとにした大まかな分析はマレーシア② 分析編にご期待ください。
#1 サクッとわかるビジネス教養 東南アジア(助川成也 監修、新星出版社)
#2 マレーシア 基礎データ (外務省 令和3年7月20日)
#3 ゴム取引の基礎知識 (TOCOM Ver.1.2(2018/4/5)
#4 新版 地図で見る 東南アジアハンドブック (著:ユーグ・テルトレ、訳:鳥取絹子、地図製作:セシル・マラン/メラニー・マリー、原書房)
#5 タンジュンペラパス港の発展と戦略(加藤 美帆 「港湾」2018・8 公益社団法人 日本港湾協会)
#6 マレーシア投資環境の優位性と留意点(マレーシアの投資環境、2014年2月、国際協力銀行)
#7 サクッとわかるビジネス教養 地政学(奥山真司 監修、新星出版社)
コメント